【俺のエッセイ】 アイツのために俺がやったる!それが一番のモチベーション。


idohori
        facebookで友達の島津 彬さんの記事にあった画像を拝見して。

5年ほど前やったかな…、
「これや!」と直感し、信じたネットビジネスを
やっていくと決めた時、

上にある画像と同じようなことを思い、
自分への決意表明のために、
また気持ちが揺らがないようにと、
紙に書き殴ったのを思い出しました。

当時、誰に教わるでもなく、
ただひたすら調べて実践を繰り返していました。

自分の勘を信じてやり続けましたが、
本当にこれでいいのか、やっていて大丈夫なのか
という不安に襲われるということも、
また事実でした。

その時に書いたのがこれ。

「ワシのやってることは井戸を掘り当てるようなことである。

 砂漠でノドがカラカラの状態で、
 水が出るかもわからないところを
 ひたすら掘り進めているのである。

 ワシの周りには、ノドがカラカラで死にかけてるヤツらが
 大勢いる。井戸を掘り当てられたら皆が潤うのである。

 辛いからと、ペットボトル1本分ぐらいの水を貰える所があり
 そこに貰いに行ってると井戸を掘る時間はなくなる。
 ワシに迷いが生まれる。

 わずかな水をもらったところで、
 自分がギリギリ生きれるぐらいのもの。 
 
 ワシは井戸を掘るのである。」  (原文ママ)

あれから5年位たち、
私が掘り続けた井戸は、少しずつ水が染み出してきています。

「やっぱり俺は間違ってなかったんや!」

その思いと、まだまだ俺の周りの人間を潤す水を
掘り続けないといけない、という思いでやっています。

その過程で様々なことを学習し、
今は当時よりもさらに進化しました。
考えも少し変わった(進化した)部分もあります。

それは、同じ志を持つものでなければ
一つの事を成す事ができないという考えです。

当時同じく金に苦労していたツレや後輩たちも
今頑張って自分の道を歩んでいる者もいれば、
犯罪に手を染めてしまった外道もいます…。

もっと早く自分が力をつけていれば、
また違う展開になったのではないかと悔しく思う反面、
志を共有できる者同士でなければ、歪が出るのではないか
という思いも今ではあるのです。

自分が変えてやれればいいのですが、
そういった思想の部分は自分で気づくものであり、
共感できる体勢にならなければ、
他人の考えは受け入れることが出来ない。

だから無理にその考えを捻じ曲げようとすると
必ず歪が起こるのだと今では思うのです。

なので、そういった人間も考えが変わり、
私の信念や志というものに共感できるようになれば、
「いつでも来いや」と、
受皿になれるぐらいの体勢は
整えておいてやりたいとも思っているのです。

あの画像を見て、久しぶりに当時の記憶が蘇り、
書き殴った紙を見て思いました。

やっぱり俺は、人のためにやることの方が
自分のためにやるよりも力が出るんだなと。

そして、これは全ての人に当てはまり、
そこに「本当の幸せ」というものがあるのではないかと、
痛感しています。

yarukinominamoto

こちらもfacebookで友達の島津 彬さんの記事にあった画像より。

 

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