こんばんは、

穀蔵院ひょっと斎です。

私は中学生の時から、

「人間ってなんの為に生きてるんやろう…」

なんてことを考えていました。

ずっと答えは見つかりませんでしたが、

いろいろな経験をしたり、

書物を読んで、

文化や歴史を学んだり、

ビジネスを通じたりして

今はその答えがくっきりと見えてきました。

何のために人は生きるのか、という

その答えが。

その一方で、この日本では

年間約3万人の人が

自殺で亡くなっているそうです。

これは戦争で死ぬ人の数よりも

はるかに多いです。

自殺の主な原因は、

」、

人間関係」、

目標(生きがい)を失った」、

というものではないでしょうか。

もう何年も前の話なのですが、

雪山遭難者が

10日ぶりに自力生還したという

ニュースがありました。

極限の状態で

その命を支えていたもの…

それは、

老齢の母親の面倒を見なければいけない

その一心でした。

自分にある

責務」を感じることが、

死との戦いに克つ唯一の道である、と言えます。

人には、天命ともいえる

それぞれに与えられた

責務があります。

親が子を育てることもそうですし、

教師が生徒を教えることもそう、

救急隊員が瀕死の人を助けることもそう、

消防隊員が燃え盛る炎の中へ

突っ込むこともそう、

日本人が日本を良くしようと

活動することもそう、

人間が世界を、地球を良くしようと

することもそう。

己のためだけでなく、

”に対する責務があるからこそ、

やり抜くことができるのです。

自分の命、人生をかけて。

覚悟はできているが、

簡単には死ねない。

死んでしまっては

責務を果たせないのだから。

これは葉隠にある、

武士道とは死ぬことと見つけたり

と似ていて、

よく「死の美学」を

説いてるものだと勘違いされるのですが、

実はこの言葉は、

死ぬ覚悟で挑むことが

生につながるのだと説いているのです。

そう考えたら、人間なかなか死ねません。

責務を果たさなければ!

という使命があるのですから。

十人十色というように、

人には、一人ひとりに

それぞれ生まれ持った使命があります。

同じ使命を持つ者同士であれば

それは「同志」という固い絆で結ばれます。

他者に対する責務を自覚したなら

それをやり遂げる事が必要です。

それこそが、生きる意味と言えるでしょう。

七生報国(しちしょうほうこく)』

という言葉があります。

それは、

蛇のように執念深く生き抜き抜いて、

お世話になった人や国へ

恩を報いるということなのです。

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