性善説 性悪説

善と悪  ~ 人間の本性 ~ 〈前編〉


二代目ひょっと斎です。

大昔の時代から、人間の本質とは

善なのか悪なのか、という永遠の哲学のような

問答がありました。

性善説 (せいぜんせつ)

と、

性悪説 (せいあくせつ)

この対極にある、2つの見方があります。

性善説とは、その字のとおり

人間の本性は善であると説き、

人と人は信頼関係で結ばれて

家族や仲間と力を合わせることで

政治も経済も上手くいく、という考え方。孟子

これは孔子(こうし)からの教えを受け継いで、

孟子(もうし)という人が打ち出しました。
                                    

逆に性悪説は、

人間の本性は悪であると説き、

人間なんてのはしょせんは己の利でしか動かんと。

だから厳しい縛りを作って

違反者には罰を与えるという取り決めが無ければ

どうなるかわかったもんじゃない。

個人の付き合いにしても、油断してると

ハメられたり、引っかけられたりと

バクっといかれるぞ、という考え方。

こちらは荀子(じゅんし)という人が打ち出しました。荀子

荀子も孔子の教えを受けた一人でしたが、

孟子とは逆に、性悪説を打ち出したのです。

人間の行動原理は仁である、

と説いた孔子の教えを受け、

人間の本性は、「」であると唱えた孟子に対し、

荀子は、人間の行動原理は損得勘定でしかない、

すなわち「」であると唱えたのです。

なるほど、

どちらの言うことも間違いではない。

私の考えを言わせてもらうと、

性善か、性悪か、の二者択一ではなく、

人間には両方の側面が備わっていると思います。

どちらが強くでるか。

自分が追い込まれた時に、

どっちの本性が顔を出すのか。

つまりこういうことなのです。

イザという時に善を出すためには、

その人の道徳観、価値観、誇り、

その国の文化と歴史が関係するのではないか

と考えられます。

なぜ文化と歴史が関わってくるかと言うと、

その国の代々受け継がれている

教えのベースが性善説をとっているのか、

性悪説をとっているのか、

でも大きく変わってくるからです。

日本は昔から、どちらかというと

性善説で成り立ってきた国です。

戦国時代にしても、

各地を治めていた大名たちが

そういったリーダーシップをとってきました。

それが国を治めるのに最善のやり方であると

心得ていたからです。

そもそも脈々と受け継がれている

天皇陛下のお考えがそうでした。

その精神が武士道に受け継がれていると

私は考えています。

では外国ではどうなのか?

明治維新で開国以来、

日本が多くのことを取り入れてきた

欧米の文化というのは、

基本、性悪説を前提にできています。

では、アジアはどうかというと

中国もそうです。韓国もそう。

華人が人口の大半だという

シンガポールの実力者、

リ・クアン・ユー氏は

「私の国は性悪説です。
 そうでないと私どもの国では収拾がつかなくなる…」

日本の新聞でそう語ったと言います。

このように外国は

そのほとんどが性悪説を前提として

成り立っているということを知っておく必要があるのです。

そして勘違いしてはいけないのが、

他の国が性悪説ばかりなのだから、

日本もそれに合わせていこうではないか、

という多数決根性、右向け右の考えに

なってはいけないということ。

性善説で成り立っている

我々のこの日本という国、

文化、国民の精神が高次元にあるということ。

ハイレベルなんですよ。

我国は、我々日本人は。

魂を磨くという言葉があるように、

精神を向上させて

次元を高める文化があるからです。

その証拠に、昨日で丸4年がたった

3.11東日本大震災で、

我々からするとほぼ当然のようなことが、

諸外国から絶賛されたことが記憶に新しいと思います。

ね、諸外国が絶賛する

ハイレベルな魂を持っているのに、

なぜか外国(特に西洋)のほうが優れてるんじゃないかと、

合わせよう合わせようとする考え、

劣等感、自虐史観が私には我慢できないのです。

せっかく高いのに、低い方に合わせてどうするんじゃい!!

という話ですよ。

しかしながら、当然

日本人の中にも、次元の高い者もいれば、

低い者もいます。

 仁に過ぐれば弱くなる。

 義に過ぐれば固くなる。

 礼に過ぐれば諂(へつらい)となる。

 智に過ぐれば嘘を吐く。

 信に過ぐれば損をする。

これは伊達正宗の残した言葉です。

仁に過ぎたるは弱くなる…。 

優しいだけでは、悪く言えば“甘い”とも言える、

ということです。

そこにつけこんでくる輩から

身を守る防御措置のためにも

性悪説のエッセンスも取り入れる必要もあるのです。

この哲学の話は

ビジネス観にも置き換えることができます。

…が、少し長くなってきたので

ここらへんで、いったん区切ります。

後編につづく。

⇒ 善と悪  ~ 人間の本性 ~ 〈後編〉

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